蔦の恐怖
ベランダの緑のカーテンが心地よい日陰を作る日々。
観察していると、そのゴーヤーの成長するはやさは、驚くばかり。成長の早さもだけでなく、蔦の蔓の動きには、恐怖すら覚える。
蔓は、はじめ真っすぐで、支えとしてつかまれるものを見つけるとクルクルとそれに巻き付きはなさない。そして、支えを捕まえた蔓の先っぽ以外の部分は、自身をまるでバネのように螺旋状に変形させる。これで、支えと茎が風で離れても蔓が文字どおりバネになって切れないのだ。すごい…。
以前、「青い鳥」の著者モーリス・メーテルリンクの「花の知恵」という本に、蔦の驚くべき観察結果を記していた。
メーテルリンクは、まず、蔦性の植物を用意して、周囲に何も置かない。
植物が生長して支えを求める頃に支えとなる棒を置く。
棒に蔓がのびてくる。
もうすぐ蔓が棒を捕まえる頃、棒の位置を別の方向に置き換える。
すると蔓は移動した棒を的確に察知して、今度はその方向へのびていく。これを繰り返しても、蔓は、支えの棒をもとめて後を追いつづける。
ここで、うまれる疑問。
「蔓はどうして、棒の位置がわかるのか?」
視力がない植物が、闇雲に蔓をのばす訳ではなく、的確に支えの場所を知り、その後を追う。しかし、察知するメカニズムについては、わかっていないのです。
その文章を読んで以来、純粋に、植物のしたたかな生命力こそ、地上で一番恐ろしいとつくづく思う。
町中に目にするゴーヤカーテンを見るたびに、あの蔓の固くて冷たい先端の感触を、思い出してしまうのだ。ゾゾゾっ。
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